函館・道南圏の日々を伝える!
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 コラム〜時評・解説・視点・論点/函館電子新聞 hakodate-e-news.co.jp 



「平成の天地動乱」

■これぞ、聞いていられぬ・見ていられぬ、防衛問題の音痴、ノー天気の田中直紀防衛相(田中真紀子の夫)。野田(首相)というのもどうかしているのでないか。事実上罷免せざるを得なかった2閣僚に続き、再度適材適所と言ってまたも2代続けて素人を防衛相に任命し、「ぼー」とした田中直紀に至ってはこの有様。直紀もかわいそうだ。私は適任ではないと辞退すればよかったものを。
 バカ大臣が止まることなく登場する。今や閣僚はじめ、政府高官などといっても誰も「あーそ」で、どうでもよいように受け止められている。陳情する首長や自分たちの利益のために動いている業界団体役員だけだ。
 大臣になろうが、副大臣になろうが、政務官とかどうとか、たいしたものではない。なぜなら、国民大多数にとって大して役にも立たないからだ。「偉い人」などと誰も思っていない。政治家自ら、政党自ら、政府自らが、国民一般にバカにされるようにしてしまったのである。
 
 真紀子も大臣(小泉内閣で外相ほどなく辞任)務まらず、夫の直紀も務まりそうもない。真紀子についてかつて一般マスコミは将来の首相などと報じていた。今日の新聞・マスコミはほどほど人を見る目がない。このことも日本をダメにしている。

□自民党も困ったもの。自らの政権時代の反省全くなく、国会ではいじめに終始している。消費増税の協議に積極的に応じるべきなのに、解散・総選挙などとわめいている。谷垣(総裁)はお粗末すぎるし、本当に人材がいない。
 国会議員の質低下、お粗末ぶりは目を覆うばかりだ。

■民主党も、自民党も、もうダメ。さりとて石原(都知事)とか、平沼とか、亀井とかの年寄りたちが頭になって新党をつくっても始まらない。しかし、政界再編しなければ日本の再生、将来はない。
 歴史の残る3・11大震災に関して、議事録も取っていなかった民主党政権。もう論外。議事録も取っていなかった当時の菅直人政権、閣僚・副大臣・政務官・補佐官などろくな者でない。民主党の罪は計り知れない。菅直人など大犯罪者に等しく、議員辞職すべきだ。
小沢批判などする資格は全くない。

□政治がメチャクチャになっている一方で、外では超巨大地震・巨大津波、原発大事故・大災害、そして大寒波、大雪害が日本を襲っている。今日まさに「平成の天地動乱」に感じだ?

(24.2.1)



 

原発問題に係わる全ての結論は「刑事コロンボ」と同じ!

 北電のプロサーマルのシンポジウムの「やらせ」にしても、九電の「メールやらせ」にしても、すべからず経産省、電力会社、道や県、みんな「ぐる」であることが初めからはっきりしていることは本サイトで言ってきた。
 北電の第三者委員会が今さらのように「道の関与」指摘したようだが、当たり前のことだ。初めから道の関与は決まっている。この原発問題は、プロサーマル原発をやるとか、再稼働するとか、等々、全て初めから「ぐる」で事を運んでいることであって、要は刑事コロンボの話同様みたいに犯罪的「結論」は決まっている。
 シンポジウムなど単なる「やらせセレモニー」に過ぎない。デタラメの最たるものだ。

 それを「ああでもない・こうでもない」などとやっている自体があほらしいことに尽きる。国も、県・道も、電力会社も、金たかりの自民党などの政治家も、一部メディアも、まして東大・京大などの原子力学者等の金ほしさの「原子力村」の者、みんなみんなが「ぐる」になって推進してきたことははっきりしている。「絶対安全」などというあり得ないことを「ぐる」になってやってきた様が今回の福島第一原発の大災害・大放射能漏れなのである。

 原発などというのは、今すぐ全部を止めるということは無理にしても、一旦大事故が起これば制御不能となって、「死のまち」と化す放射線を辺り構わず放出し、ましてや使用済み燃料棒はもとより、核分裂、日常の運転作業に係わる放射線汚染された数々の物の処理・後始末も不可能(ドラム管に詰めたりしている。今回の東電福島原発大事故では使用済みの防護服など山となって積み上げられ、その処分も決まらず、できない。例えて燃やすこともできない厄介物だ)であることを持ってしても、脱原発に行かなけれならないことははっきりしている。原子力学者は後始末のことすら処理方法が分からず、何もできない体たらくだ。
 この意味でも結論・結果は決まり切っている。

 ましてや、原発はこの地震大国・地震列島ということを考えても全く立地不適当で、脱原発が当たり前。原発は止めて・廃炉にして行き、どんなに困難があろうとも、我が国のテクノロジーを結集して再生可能エネルギーの大々的な導入に持って行かなければならない。このことははっきりしており、言うならこれも結論は「刑事コロンボ」なのである。

 要は全て「刑事コロンボ」のように結論は決まっている。正すべきこと、改めるべきこと、やるべきことがはっきりしているにもかかわらず、ぐだぐだぐだぐだとやっているに過ぎない。そのバカさ加減はどうしようもないほどひどい。

 ◆     ◆     ◆

 ときに、道の高橋はるみ知事もこれまでの2期8年余は何とかかんとか及第点でやってきたが、北電泊原発の再稼働問題を契機にして、はっきり限界が見えてきた。

 女性であり、子どもを持つ母親でもある高橋知事であり、東電福島原発の未曾有の大事故・放射能汚染を直視し、男知事以上に感じるものがあるのでないか、良識はことのほか強いのでないか、などと思ったが、全くそうではないらしい。

 通産省(現経産省)出身の知事で、女性という前にやはり官僚であったということなのであろう。全国一の原発推進女性知事となっている。このためこの先、北電泊原発再稼働問題に関する対応が極めて懸念される。
 高橋知事では脱原発は全く無理だろう。脱原発依存すらも無理かも知れない。

 ましてや、大間原発に対しては全く期待できないのでないか。函館市を筆頭に、渡島・檜山の全市町上げて大間原発反対・工事中止に持って行かなければならない。高橋道政など頼っていては原発から命を守れないだろうし、将来不安の解消にはならない……

(23.10.14)


 

まちづくり・商業政策の柱に中心市街地の再生、
コンパクトシティの考え方を断固明確に!

■「函館市美しいまちづくり検討会」(第2回会合、10月6日)で地域振興に詳しい日本政策投資銀行の藻谷浩介参事役「中心部に人口集積を」「空き地が増え、街並が崩壊すれば夜景もおかしくなる」などと講演/当たり前のことで、であるから、郊外における土地区画整理事業などの畑等つぶしての市街化編入・市街地拡散は止めるべきで、まちづくり・商業政策の柱に中心市街地の再生、コンパクトシティの考え方を断固明確にしなければならないと言い続けているのだ。
 それには選択と集中が大事で、例えば今やとっくに誰が見ても考えても、中島廉売などの商店街としての活性化・再生は全く無理であって、無駄な公共投資はすべきでない。

 最近は工藤市政による盛り沢山の「○○会議」設立による観光など含めて外部の有識者・専門家の提言話がいくつも出てきているが、いろいろ意見や提言が語られることはいいとしても、さしたる新しい、これといった話はない。今日、函館のまちづくりは地域や関係者が大局的な見地から函館を考え、結束し、強い意志を持って具体的に計画を立て、それをやるかやらないか、実行に移すかどうであろう。まず、郊外での宅地造成など開発規制条例をきっちり定め、あれもこれもではなく、再生地区を数カ所に絞って、集中的に推し進めることであり、これを市街地全体活性化の突破口にすることではないのかー。

(23.10.7)




とうに農家に非ず、今や「悪徳不動産屋」同然!

■こんなの許されない。イカレテいるのにも程がある/土地区画整理事業計画の石川稜北地区で、今度は大型SC誘致の画策の動き・謀議とか。600区画を造成すると言って、許認可申請期限切れを無理矢理延長させて、市街化編入を果たしたが、ここにきて600区画造成しても函館地域における土地供給の大過剰状況ではおいそれと売れそうもない。そこでこの際はがっぽりまとめて造成地を売ろうと、大型SC出店したくてしようがないイオン北海道に売却しようではないかとの話になっているとか。

 この石川稜北は一昨年に大騒ぎの末、店舗立地の許可面積は1万平方メートル以下から5千平方メートル以下に決定済みの場所だ。この規制を「ワル(悪)」でも何でも使って葬り去り、桁違いの4〜5万平方メートルの大型SCを持ってこようと共同謀議中の様子。

 呆れてものが言えぬ農家などの地権者。ここいら一帯の農業者は今や農家に非ず、悪徳不動産屋如き者。いもやにんじん、だいこん等々の野菜などつくるのはあほらしいとして畑をつぶし、区画整理事業で宅地造成して売ってしまって金にしようという案配。

 こんな調子で実態はもはや農家ではない。にもかかわらず、農業委員になりたいやつばかりのようで、函館市農業委員会は委員の選出・選挙をめぐって不正がどうのこうのと大騒ぎしている……

(これについては現在発売中のNEW現代函館2011秋季号に詳しく掲載しています)

(23.9.16)





鉢呂吉雄
経産相たった10日間程で、
もしも辞任なら、佐藤孝行氏の時といい勝負
(笑い)

■なんたることか、鉢呂吉雄
経産相たった10日間程で、もしも辞任となれば、それこそかつて故佐藤孝行氏が橋本政権で総務長官に就任し、あっという間に辞任した時といい勝負?
 軽率は軽率だが、大したことことでもない発言を取り上げて、地元のブロック紙(道新)をはじめとしてマスコミがこれぞとばかりに「辞任説強まる」とか云々やる。そうすれば変な流れができて、止まらなくなる。

 今の新聞・テレビは大したことのない発言をいかにも世の中がおかしくなるが如き重大事のように取り上げてみんなで騒ぎ立てる「烏合の衆」みたいになっている。前原の武器輸出3原則見直しとか、PKO武力行使の発言の方がよほど大問題だろう。
 みそもくそも一緒にして騒ぐ。まあ程度が悪い。福島原発事故・放射線漏れが本当に今どうなっているか、北電のデタラメがどうか等々もっともっと取り上げるべき大事な問題、追求することこそ重要だ。

 今日の新聞・テレビマスコミは「原子力ムラ」「原発利権ムラ」の1員なのである。自民党や経産省(通産省)など官僚、東大をはじめとする国公立大や私立有名大の原子力学者・専門家、関連産業界などと一緒になって、これまでいいだけ群がってきた。

 大臣が何かおかしなことを言わないか、などとそればかりに関心を傾けているのが今の新聞記者の実態。能力の低下は著しく(上司もおかしい。取材の仕方すら教えていないような新聞社もある)、永田町でさんざん自民党の政治家などとぐるになってきた政治部OB

の評論家はじめ、昨今の政治部記者などの体たらくにも呆れる。政治の何たるかをいかにも分かっているようなふりしていりが、何も世の中の実態をわかっていなく、何が政治部といいたい。組閣・大臣就任の会見でも、若造記者たちがさしたることでもないこと、同じことを繰り返し聞いている。ばかばかしい限りにある。
 中央も地方も、記者会見における質問内容など聞いていても幼稚なものが目立って多い。物事を知らなさすぎるし、知識貧弱で少しおかしいのでないかというのもいる。

 大臣が地方に来るとなれば、現地の記者も取材に来るが(あとはほとんど集まらない)、何が目的かといえば、「変な発言」「失言」をしないかどうかということで、テープを取るという具合。それしか能がないものが大半だ。

 そんな一般紙・テレビの記者を相手にペラペラペラペラしゃべる。何か書いてもらいたいため、自分は何かをしてるんだなどとの売名のため、自分の発言がもっともらしいと言いたいがための会見だ。そこに脇の甘さ、バカさ加減が出てくる。
 今の新聞は、特に能なしのテレビなどはおもしろおかしく伝えることだけだ。何の進歩もない。最近の地上波の民放テレビなどの低能ぶりは目を覆う。それはひどい。くだらないことこの上ない。ほとんど見ないし、見る値がない。BS、CS主体だ。

 日本は政治家もお粗末でこのような世の中になってしまった。鉢呂にしても「生き馬の目を抜く」ような、足の引っ張り合いの永田町にあって、やはり「田舎者」かも知れない。7回も当選して、わかっているはずだろにもかかわらずだ。
 発言自体などどうでもよく、辞めさせるのが目的なのであるからどうしようもない。 

 今日の日本の政治をおかしくしている責任は新聞・テレビにも重くある。極めて重大責任がある。世の中をダメにしている。
 何かにつけ、世論調査をやり、支持率がどうかで騒いでいることもしかりだ。世論調査バカになっている。

 それにしても、鉢呂経産相、早速の辞任なら道8区(鉢呂は7回当選のうち4回がここ道8区だ。国替えであとの3回は道4区)というところは、となる。今やすでにこの世にないが、佐藤孝行にしても、阿部文男にしても、汚職・汚職で惨憺たる状況となり、佐藤は大臣になったと思ったら即辞任。自民党でなくして民主党までも鉢呂また即辞任か。
 なんとか切り抜けてがんばり、世の中を少しはよい方向に持っていってほしい…。大間原発のこともあるし。何のために7回も当選してきたのだ。

 本当にあか抜けしない道8区。政治風土に欠陥、問題があるのだろうか……情けない……

(23.9.10、本誌主幹・河野 玄)






<<<コラム/私見・提言>>>
今年も「函館港まつり」がやってくるが…
年毎に声高まる「ワッショイはこだておもしろくない」
〜参加者・団体・企業も減少してきて、完全に曲がり角〜
2コース開催は止めて1コースに一本化した方がいい!
屋台・露天のこと、あるいは夏まつり踊りについても―。


 今年も函館最大の夏のイベント「函館港まつり」(開港152周年記念・8月1日〜5日)がやってくる。
 間近に迫った開催を前に主催者(実行委員会)や参加者・団体・企業らにはまことに恐縮で、勘弁願いたいが、このところというか、数年前から特にそうであるが「初日・1日(雨天中止の場合5日に延期)の道新全国花火大会はそれはそれとしていいんだが、パレードのワッショイはこだてが全然おもしろくない」。この声は特に一般市民の間でも多く、年毎におもしろくないの声が高まっている。
 完全に曲がり角にきていると思う。

 ワッショイはこだてが終わってから言及しても、次は来年、1年先のことといった案配で、受け止め方も違うだろうから、始まる前に私見というか、具体的なアイディア等の一端を述べさせていただき、酒の席での話題にでもしてほしい。
 市民みんなで考えることがなにより大事だ。

  ★    ★    ★

 ワッショイはこだては昔「1万人パレード」といわれ、承知のように8月の2〜3日(4日を予備日とし、雨の場合1日だけ順延)の2日間にわたって、初日・2日は十字街・松風コース、2日目・3日は堀川・五稜郭コースとして繰り広げられる。内容は函館港おどり、子どもいか踊り&サマーカーニバル、函館いか踊りであるが、両コースともここ数年来は毎年参加者が減少し、企業・団体にしても不況の影響、経費節減で減少の一途にあるといわれる。目に見えて参加団体数が少なくなっている。

 さらには中心市街地の空洞化、道路沿い店舗の加速するシャッター化によって、暗くなっている沿道も少なくなく、駅前・大門など惨めすぎるほど真っ暗闇の場所も出てきている。
 2つのコースに分けてやっていても、近年は何かしら空虚で、参加人数も少なくなってきてさびしさがただようものとなっている。ただただ、スケジュール的にやっていても意味がない。

 そこでまず一つには、2つのコースでのワッショイはこだてはこの際は見直しし、一本化、コース一本にしたらいいのではと思う。
 十字街・松風コースを止めろというのではなく、まあ、市役所前市電通り、あるいは朝市を起点として函館駅前〜松風町〜堀川町〜五稜郭行啓通、といった形でコースは長くなるが合体し、コース一本でいいのでないか。長くなるので踊りなど大変だから、途中入れ替えや途中参加などいくらでも工夫できる。

 2つを合わせて1日間とすることで、1日当たりの参加者が多くなるから、参加団体・企業などのパレードの間隔も狭くする。次々と繰り出すようにすれば盛り上がろうというもの。今は間隔が空きすぎて、見物している方は次を待つのも大変で、このことがおもしろくないに拍車をかけている。
 ダラダラダラとやることなく、どんどんどんどん繰り出すようにして、盛り上げる。長ければいいというものはない。
 コースを一本化し、間隔を空けずに、密度の濃いワッショイはこだてにする。子どもたちのいか踊りにしても、初め、中頃、最後当たりなどと織り交ぜて参加しやすいように工夫すればいい。

 内容にしても、一つに、青森ねぶたばかりではなく、毎年本州どこかのまちの祭りの一こまを招待する方策だってある。秋田の竿灯、仙台の七夕、山形の花笠踊り、等々と。

 とにもかくにも、昨今のワッショイはこだては全くと言っていいほどおもしろくない。この意見はめっぽう多い。

 次に、港まつり全体の中でのことだが、一つには大門のグリーンプラザでやっている屋台・露天を本町地区でもやったらいい。
 駅前・大門地区の著しい衰退とともに、港まつり期間中の屋台・露天は昔ほどでなくなったようで、これを止めてしまえとは言わないが、本町でも開設したらどうか。

 場所は丸井今井がある本町交差点〜梁川町にある三井生命ビル間の幅広い主要道路の両側がいい。歩行者天国にして両側に屋台・露天、中央はビアガーデンにでもして(ビール4社に出店をお願いし、競わせる)、真夏の港まつり5日間の短期間だが、市民が夏を楽しめるようにしたらいい。

 なぜ、本町・五稜郭の商店街関係者は考えないのかと思うが、多分警察の許可が難しいというのであろう。警察(交通担当)はパレードでも何でも事故等々を理由にして、何事も面倒くさいから許可しようとしない傾向が強いが、道民・市民のための警察であり、徹底して働きかけたらいいのである。警察は街の活性化に協力すべきだ。
 「大門で屋台をやっているからそれで十分だ」という答えが返ってきそうだが、そんなものでもあるまい。交通違反の取り締まりだけに熱上げている警察であってはならないと考えるがどうだろう。

 港まつりの5日間くらい車の通行を禁止したってさしたる影響はない。
 とにかく、本町商店街組合というところは何もやらない、考えないような団体と化している。

 さらには、昔はどこの町会でもうるさいほど長くやっていたものだが、町内会の港まつり踊りというか、盆踊りというか、これをある程度復活したらいいと思うがどうだろう。

 人が少なくなり、年寄りばかりの町会も多く、昔のようには行くはずもないから、4〜5つの町会単位で毎年回り番にでもして広場や小公園などでいわゆる港踊りというか櫓を組んで夏踊りを開く。4〜5の町会がまとまり1カ所選んで市内何カ所かでやる。
 年寄りと子どもたちばかりになるところもあるだろうが、元気付けにもいいのでないか。子どもたちの夏の思い出にもなる。

 2〜3点上げたが、いずれにしても、昨今に至っては「函館港まつりはおもしろくない」となってしまった。本州各地のお祭りはそれこそ永い伝統ある。北海道のお祭りは歴史が浅く、ましてや伝統はないに等しく、本州とは全然違う。
 それだけに、時代に合わせた創意工夫、よりよいもの、地域文化にして行く努力、様々な発想が不可欠でないだろうか―。

(本誌主幹・河野 玄) 

(23.7.25)






<<<視点・ズバリ>>>
呆れ果てる!これほどバカげた話もない。
あの前市政の「知恵の予算」のふざけた使い方!
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後任教育長人事に躍起になる道教育大「夕陽(せきよう)会」関係者
特に北教組関係筋、我が物顔に人事介入?教育利権の「温床」「ガン」

教育に携わる者・携わってきた者ととして広い度量を持て!


◆◇◆先月24日の函館市長選で現職の西尾正範が破れ、「改革と挑戦」をかかげた工藤寿樹新市長が誕生して数日後の夕刻、市内の某小中学校の校長が、父兄との会合の席上こう語ったというのである。

〜西尾前市政が目玉政策として4年間やり続けてきた小中学校に対する1校当たり校長宛の100万円等のバラマキ(前市政時代のバラマキ予算の象徴で、市立高校1校を含む小中学校<計73校>校長へ「創意ある学校づくり推進事業費」として今年度予算額にして5、340万円、過去4年間で総額2億2〜3千万円を配ってきた。工藤市長はすでに全て撤廃を打ち出している)〜

「今度から(知恵の予算なるものの)金がこなくなったから、学校祭は市芸術ホールでやれなくなり、学校の体育館でやります」
 全く持って呆れた話で、学校祭とか学園祭というのは古今東西、小中学校はもちろん、高校でも、大学でも自分たちの学校で生徒・学生たちが手作りでやっているものあって、どこの学校でも体育館や教室を会場として行っている。
 それを市芸術ホールを借りてやっていたということであり、びっくり仰天する話だ。こんなことに税金が使われていた。

 本誌は「知恵の予算どころか、知恵のない者に、知恵の出せない者にばらまいているとんでもない政策」と強く批判してきた。年間100万円とか、80万円あるいは70万円、等々、使い切るのに汲々とし、甚だしい事例としては校長自らのパソコン購入の金に流用していた、極めて遺憾なケースもあった。

 学校でどうしても必要なものであれば、きちっと予算要求すればいいわけであって、教育現場への単なるバラマキは何の意味もないことばかりか、教育現場の荒廃につながる。
 工藤市長が公約としてかかげ、すぐに廃止するとしていることは当然至極のことであろう。

 それにしても、こんな使い方もしていたとは開いた口がふさがらない。学校祭・学園祭は学校でやるのが当たり前だ。こんなイロハもわからない校長は即刻辞めてしまえと言いたい。

◆◇◆工藤新市政への「政権交代」を機会に、これまでの多賀谷教育長(ガンの病気で入院中でもある)が辞表を提出し、工藤市長はこれを受理。後任人事が注目されているが、
これまで教育長ポストを我がもののようにしてきた北海道教育大学函館校閥の面々がこのポストを死守しようと躍起になっているようだ。

 道教育大閥とは同大学の同窓会組織として知る人ぞ知る「夕陽会(せきようかい)」の函館市支部関係者で、その一つとして特に夕陽会筋の北教組関係筋など「内部(校長ら)から起用すべきだ」などと陰に陽に人事介入の動きを見せている(消息筋)。

 いい加減にしたらいい。幾多の事例は今後紹介したいが、
函館の教育界を今日まで引っ張ってきたそれなりの功績・役割を否定するものではないが、今や夕陽会関係は函館の「教育・文化利権」の中心的な存在で、「ガン」「温床」みたいにもなっている。その象徴みたいにして確保してきたのが教育長ポストだ。
 ちなみに、前教育長の多賀谷は05年10月から今日に至る2期5年半、その前の金山正智(社団法人 函館市文化・スポーツ振興財団に天下り中)は3期12年の長さ、そしてその前も長きにわたって安島進、などというように歴代の教育長が道教育大卒の夕陽会メンバーで独占してきた。

 市政の「政権交代」にあって、後任教育長人事は広く人材を求めるべきであって、何も道教育大出身者に限るべきではなく、それこそ東京6大学などの在京大学、あるいは北大などの道内大学、道外大学の各出身者など適任者を登用する選択肢があっていい。

 何度も言うが、もう夕陽会云々の時代でもあるまい。夕陽会関係者はもっと広い度量を持ったらいい。同窓会は同窓会で仲良くやったらいい。
 函館では前市政のバラマキで教育行政が極めておかしくなってしまった。
教育長ポストばかりでなく、教育関係が利権化している。このことは紛れもない事実だ。北教組などとぐるになって前市政はバラマキを繰り広げ、今回の市長選ではスクラムを組んできた。そして前市長は敗退した。

 今日ほど函館で「教育利権」がはびこっている時代はない。

(23.5.9、文中敬称略)

※教育利権について近くその全体像を取り上げる予定です。





【主張・論点】
函館市長選に関し、改めて市民に問いかける―。
まともなことを確たる政策・方針を持ってきちっとやる
「新しいトップリーダー」のもと「新しい体制」で
函館再生を図り、将来発展を目指そうではないか!
〜「函館人」の真価が問われている。不毛の4年間を繰り返してはならない。信を完全に失った市政にピリオドを打ち、すっきりみんなで新出発する時だ〜

【主張・論点】 いよいよ函館市長選の告示(17日)、本番わずか1週間、24日投開票である。
 本サイト並びにNEW現代函館では、今度の市長選の重要性、問われるべきことを再三にわたって明確に言及してきたが、改めて函館市民に問いかけたい。

 この4年間の西尾市政をみるに、ガバナンスの著しい欠如、市政の私物化、不公平な行政運営、目に余る利権のバラマキ、展望なき場当たり的な施策等々、極めて明白で、あらゆる面であまりにも問題が多く、地域経済をはじめとして地盤沈下著しく、地域の衰退が加速し、函館を取り巻く状況は4年前よりも一段と悪化、バラマキ等の利権に預かった者だけが一定の満足感にしたっている様子にあるだけで、何一つ改善されず、函館はよい方向に向かっていない。
 それほどこの4年間の市政はひどい。函館市有史以来の危機といっても言い過ぎでない。

 多くの市民がうんざりし、4年前に「西尾選挙」に賛同し、西尾市政に期待した多くの人たちは今や強く幻滅を感じ、どれほど多くの人たちが離れてしまっているか。今日の選挙戦を直視すればことは明らかである。選挙が大接戦、流れが工藤有利の方向を持ってして、「西尾離れ」の大きさは大変なものがある。「西尾はダメだ」の声は広範囲に広がっている。

 西尾市政のこの4年間で函館の人心は大きく揺れ、不信感が増長し、足下の市役所庁内ではモチベーションがかつてないほどに低下し、ゴタゴタ、実状は惨憺たるものがある。職員が気の毒なほどの状態と化している。

 外もそうで、先の知事選で圧倒的な支持(函館でも大圧勝)を得た高橋道政・知事からは白い目で見られ、関係サイドからは嫌われ、国からも距離を置かれ、北斗市や七飯町の近隣市町はもとより、道南各地の町からもそっぽを向かれている。

 今や内外で完全に信頼を失っている。信なくして函館市政、函館地域の発展は望めようか。

 それゆえに、一口で言うならば、理念、ビジョンをかかげ、まともな、きちっとした政策・方向付けを持ってして、「新しい体制」で市政を改革・刷新し、函館そして道南の将来発展をみんなで目指そうではないかということだ。

 とりわけ、東日本大震災、安全神話が完全に崩壊した原発放射能大災害進行中という中にあって、以前にも増してこの先取り巻く状況はますますきびしく、この極めて困難な時代は発想の転換がより一層不可欠で、改革・刷新、そして実行が一段も二段も求められる。
 無用の発言、行動で混乱し、人間関係がすっかりおかしくなり、言うなら不信感等々だけが増幅した今日の函館市全体にあって、体制の一新、出直しなくして明日はありえない。もう猶予はない。

 それをまたこの4年間と同じようなことを繰り返してどうするのかということであり、ましてや西尾(市長)は好き嫌い、自己にとって得か損かなどで「報復人事を行う」などとこれまでにも増して権力乱用を示唆し、3大公約の一つとしてかかげる選挙目当ての未来大への医学部設置問題では「8合目まで行ってダメだったら止める」などと無責任極まりないことを言っている始末だ。リーダーにふさわしくないことははっきりしている。「悪夢」のような不毛の4年間をさらにぶり返してどうする。

 討論会でも明らかになったが、例えて、新幹線時代を前にして具体的な方策など何一つない。今日の震災対策にしても、今後の観光振興についても経済界トップらが進めようとしていることなどを拝借し、やりたいと便宜的に言っているに過ぎない。場当たりもいいところで、自らの確たる政策がなく、このことはこの4年間のバラマキあるのみではっきりしている。ガバナンスは無論、資質的にも、政策能力的にもリーダー足り得ない。

 いつの場合も、健全、正当な批判はあってしかるべきで、それが民主主義というものだが、今日の函館において絶対的に求められるのは、私利私欲の展望なき訳の分からぬ市政にピリオドを打ち、ごたごたを排し、まともなことを確たる方針を持ってきちっとやる「新しいトップリーダー」のもと「新しい体制」を選択することであり、そのために函館全体がまとまるときと考える。

 それだけに、もっとも大事なことは市民一人一人がきちっと判断、選択し、各政党・組織はじめ、国会議員も地方議員も、各種経済団体を含む経済界も、労働界も、これには市職労・自治労も北教組も、文化・スポーツ団体、医療・福祉・介護の団体・業者等々の各界各層。これら指導者・関係者の面々は今日の事態を真剣に考えるべきで、自主投票決定自体はそれはそれとして、利害関係だけに固持することなく、全函館市民に立った、きちっとした中身あるまともな選択を切望したい。
 函館再生の第一歩はまさしくそこにある。「函館人」の真価が問われている。

 まともな考え方を持つ「新たなトップリーダー」を選び、「新たな体制」で函館の再生・活性化を市民みんなで強力に押し進め、地域の衰退ストップに全力を上げ、将来展望を図り、拓くときである。(本誌主幹・河野 玄)

(23.4.14)





今度の市長選で最も問われることは何か―。
函館市長選/4月24日の投開票日まで2カ月、
それも残り60日を切り、選挙戦はいよいよ佳境、事実上の山場へ

【視点・論点】
 統一地方選、この中で函館・道南における最大の焦点は函館市長選である。4月24日の投開票日まで2カ月、それも残り60日を切り、選挙戦はいよいよ佳境、事実上の山場に入ってきた。
 そこで、ここに至っては、今度の市長選で問われることはズバリ何か、核心は何かということだ。このことを改めて今一度真剣に考えなければならない。

 函館電子新聞サイト及び関連のNEW現代函館でこれまで指摘してきたが、現市長の西尾正範氏VS前副市長の工藤寿樹氏の一騎打ち勝負となって、大枠は「継続」か「改革・刷新」かであり、最も問われるのは西尾市政が「この4年間きちっとやってきたのかどうか」ということである。

 4年前、西尾氏は利権とかなんとか、当人曰く「評論した」との空想、ありもしないことをでっち上げ、あおり、閉塞感がどうとか、市民目線とか、ハコモノは要らないとか、あれもよくするこれもよくする、全体的に10%アップを図るとか、口当たりのいいことづくめで当選した。
 あれから4年、函館はよくなったのか、展望は開けてきたのか、市民生活はよくなったのか、まちづくりは前進したのか、函館は将来ある正しい方向に向かっているのか、等々。閉塞感は少しでも改善されたのかである。
 答えは全くノーで、ますます、一段と厳しさを増している。

 それどころか、この4年間は未だかつてなく、市政は乱れに乱れた。
 不祥事・不始末・失態が繰り返され、この半年ほどでも官製談合疑惑による市幹部の逮捕、庁内ガサ入れの刑事事件。2度にわたる決算不認定。市長としてこれまで何度陳謝・謝罪を重ねたか。これらガバナンス(統治能力)の無さにも起因し、その場限りのいい加減な答弁が迷走に拍車をかけた。

 不当・不公正な行政は日常茶飯事で、市政の私物化、利権のバラマキもひどいもので、その一つは市青年センターの業務の外部委託で後援会「仲間」「幹部」に対してできレース同然に3年間・1億2千万円の犯罪的、露骨な便宜・利益供与を実施した。

 バラマキの最たるものは、小中学校全部へ「知恵の予算」などと称して毎年6千4〜5千万円を配り、この税金が何に使われいるかと思いきや、学校幹部らが自ら使うパソコンを買っているとか、実にふざけた使われようもされている始末。旧4町村の支所長らにも毎年100万円単位の金をばらまいている。ほかにも数多い。

 この一方で、赤字穴埋めのために、毎年30億円の借金を重ね、この4年間で100億円もの借金を作った。サラ金的な借金を野放図に重ね、財政は悪化の一途にある。

 北海道新幹線が来るというのにまちづくりは何一つやることなく、成り行きまかせに終始している。それどころか逆に、畑や原野の調整区域をつぶし、市街地編入をどんどん許可し、まちを広げ、中心市街地は空き地とシャッター・入居者募集の張り紙の街と化し、4年前と比べ爆発的に増え続けている。大門ばかりでなく、本町・五稜郭の急増ぶりは目を覆うほどで、温泉街含む湯の川地区、花園地区などもまったくひどい。

 怠慢・大失態ということでは、厚労省から再三大丈夫かと指摘された挙げ句の介護保険交付金1億6千万円の未請求大ミスがあり、厚労省はじめ、与党民主党筋にすみません・助けて下さいの陳情の末、不足額の7割は救済されたが、介護保険特別会計に残り約4千8百円も穴があき、対応が二転三転、未だにどうするか決めずにいる。税金による補填も示唆してみせ、対応を先延ばしし、補填方法決定は来年度みたいな様子で、再選でもされたら穴埋めに税金投入の魂胆ありありという始末。ソフト会社に半分を負担させ、トップの市長はじめ誰一人として責任を取ろうとせず、税金投入など全く持ってふざけている。一方で、65歳以上に対する介護保険の徴収に躍起になっている状況だ。
 道南市民オンブズマンから監査請求の訴えが出されたが当たり前の話なのである。

 福祉では、2年前に介護施設「ケアホーム」の入居者資格の認定ミスで介護給付金367万円を誤って支出する問題もあって、議会から厳しく責任が問われた。これもごめんなさい。

 つい最近のニュースとしては、国勢調査で函館市の人口が5年前の国調に比べ道内最悪・最大の1万5、154人も減少したということがある。減少率5・1%で、前回調査の3・6%を1・5%も上昇した。西尾市政のこの4年間で加速したことが歴然としている。事態は深刻で危機的なのである。
 道内最悪、人口減は今も刻々と進んでいる。

 まだまだある。前回の市長選で自らを推し、選挙運動をした人を市職員幹部として採用し、これがさしたる役に立っていない現状。廃止した市東京事務所のスタッフ代わりに新たに駐在員を採用、高い報酬を与えたが、ほとんど仕事をしないできない税金ドロボー同然で、全く役立たずを指摘され、途中で止めざるを得なくなったという無様な有りよう。これら税金無駄遣いの利益供与と言っても間違いでなかろう。民間人登用は完全に破綻したことは現実を直視すれば明白になっている。

 市長室解放等々のパフォーマンスもひどいもので推移した。寄って入り込んできたのは後援会大幹部、食い扶持の金ほしさの側近、そして癒着業者などだけであった。東京や札幌からの「流れ者・よそ者」「コンサルタント」などを名乗る者らの庁内出入りをフリーパス化した。

 肝心要の人事は私情中心の「好き嫌」人事に終始し、百害あって利ゼロであることは今日の姿、庁内モチベーションの低下を見れば明らかだ。

 上げれば切りがない。市民参加のメインイベントにしても、はこだて港祭りの2日間にわたる「ワイショイはこだて」はここ数年来「衰退」し、見てもおもしろくないし、参加者からも改善しなければの声が出ているほか、「函館市民ハーフマラソン」も「ワッショイはこだて」同様ただやっているだけで、長年走っている市民マラソンランナーからも「どうしよもない」の声多い。
 「クリスマスファンタジー」にしても最近、大手ホテル業界関係者から「改善必要、このままでは…」の話が聞かれる。
 ただただ、役所的に事務的にやっているだけなのである。西尾市政この4年間で悪くなっている。

 09年函館開港150周年記念イベントにしても失敗、さしたる成果がなかった。訳の分からぬ東京のコンサル、プロデューサーを招き、8百万円前後もの税金をくれてやって、ぱっとしなかった。函館に来て、うまいもの食って、ホテルに泊まり込んだだけでさらばしたようなものだった。観光客が増えるどころか、この年09年の来函観光客入り込み数は大きくダウンし、近年最悪を記録した。

 増えたのは生活保護者だけで、ついに200億円をあっさり突破し、210億円になった。国の負担が9割だが、残り1割は市負担であり、来年度予算をみても扶養費だけが増加している。赤旗新聞の党はこれらを称して「よくやっている」というから世も末だ。

 悲しくなるほど事例は山ほどある。大幅な人口減少に象徴されるようにこの4年間で函館は後退し、地盤沈下がさらに進んだ。

 マニフェストという言葉は今や09年の政権交代の訴えで全面的に打ち出した「民主党マニフェスト」が代名詞化している如く、菅民主党政権によって「詐欺的」でひどいものになってしまっているが、西尾氏の4年前のマニフェストに対する考え方はそれ以上に悪質と言ってよい。この4年間の今任期中で西尾市長はこうまで言い放った。
「いろいろ公約を挙げたが、公約で信任されたから公約を進めるんだという気持ちは一切ない」(市議会08年6月定例会・速記録より) 
 公約なんかどうでもいいということであって、考え方がおかしく、狂っている。それゆえに、この4年間の函館市政は「箸にも棒にもかからない」ものであったといっても過言でない。

 今日の函館は4年前以上に閉塞感がますます高まってしまっている。

  ◆    ◆    ◆  

 今度の市長選で最も問われるべきは「この4年間きちっとやってきたのかどうか」「函館は正しい、まともな方向に向かっているのか」「これでよいのか」ということに尽きる。

 単に「もう1回やらせてくれ」とかで済まされるものではなく、もっともっと包括的、市民的な議論が必要な未来大への医学部設置問題とか、何とかでもない。医学部があった方がいいかも知れないが、今どうなのか、未来大は公立で、いわば実質は市立であって、現在の市財政事情の中でどうなのかという問題を避けて通れない。
 審議会みたいなものにしても反対する人が3人いるという話だが、水面下ではそれを言わないでくれと頼んでいるといわれている。医学部設置となれば、市立函館病院の今いる医師の報酬は半分くらいにならざるを得なくなって、みんな辞めてしまうという話にもなっている。
 もっともっと検証しなければならない。

 西尾氏に対し「まだ4年間だけだ」などと、のんきというか、情緒的なことを言う市民もまだ少なくない。目に見える何の成果もなく、方向性、展望もない「継続」を選ぶのか。またぞろのマニフェストを見ても目新しさは何もない。「公約はどうでもいい」としたこの4年間の市政の延長線上にある。
 そうではなく、断固とした「改革・刷新」を選択し、正しいまともな市政にするのか。発展方向に向けるのか。今度の市長選は函館の将来、未来がかかっている。

 一定の成果を上げ、まだ続けてもいいような感じであった宮崎県の東国原知事ですら4年間ですっきり身を引いた。こんな英断は全く望むべくもないが、「継続」か「刷新」か、市民のまともな、しっかりした判断が問われている。

本誌主幹・河野 玄

(23.2.23)





国勢調査から見えてくるものー。
「道内最悪・最大の人口減少都市」函館市5年前に比べ断トツの1万5千人余も減少。事態はあまりにも深刻で危機的/西尾市政この4年間で一段と加速
なるべくしてなった!そして今も続いている
展望なく、函館をどうするのか?方向性、施策が完全に狂っている。
このままで行くと、函館は「日向ぼっこ社会」へまっしぐら―。

【解説・視点】
 
 事態はあまりにも深刻で危機的だー。
 道は2月14日、昨年10月に実施した2010年国勢調査の道内速報値を発表し、この中で道の総人口が550万7、456人で、2005年の前回調査の確定値と比べ12万281人(2・1%)もの減少になったが、道内全179市町村の中で函館市の人口減少が前回調査の5年前と比較し1万5、154人減となり、2番目に減少の多い小樽市の1万191人を断然上回る最悪・最大であることが明らかになった。

 函館市の人口27万9、110人は全国40の中核市の中でも、ついに下関市を抜いて最小で、この4〜5年間で減少が一段と加速したことが明確になった。このことは減少率が5・1%で、前回調査の3・6%を1・5%も上昇したことに表れている。

 渡島管内全体の人口は42万7、763人で、2万1、672人の減少(4・8%減)。そのうち函館市が1万5、154人減で7割を占めている。
 檜山管内の人口は4万2、067人で、前回から4、929人減少し、減少率7・9%は道内最大となった。

 渡島・檜山の渡島半島全体が道内トップクラスの「人口減少地帯」で、函館市は「人口減少道内断トツのまち」という危機的状況に陥っている。

 ◆    ◆    ◆

 この函館市の深刻な人口減少「道内最悪」は、少子高齢化が急速に進む中で高齢者らの死亡数が出生数を上回る自然減が加速し、加えて雇用の場がなく流出が続いていることにある。

 函館の人口減少問題は前回調査の5年前に比べて悪化し、西尾市政のこの4年間で加速したのが実態。このことは今現在も進行中にある。
 函館のまち全体をどうするのか、全く将来展望がなく、ビジョンも何もなくきたこの4年間。ただ「子どもたちの笑顔のため」とか「未来のため」とか「市民自治のため」とか、訳の分からない「空想のような世界」できたこの4年間の函館市政であったのではないのか。
 ちなみに、これをまだ4年間続けたいとしている。

 骨太方針・指針、展望もなくきた市政であり、一方で財政再建に真剣に取り組むこともなく、逆に借金を毎年重ね、膨らませ、そして単なるバラマキに終始してきたこの4年間であろう。人口減少は市の税収減に直結し、財政をさらに悪化させるにもかかわらずだ…。
 借金ばかり残して、どうして子どもたちの笑顔が見られるのか、未来のためになるのか、考え方、やっていることが全くおかしいのである。
 雇用の場確保という最重要課題は一向に改善されていない。サービス業など第3次産業のウエイトだけが高まり続けている。

 将来展望も示されることなく、確たる政策もなくして、ただ場当たり的にバラマキに終始し、確固たるまちづくり、都市政策なく、産業政策もなく、しかるに雇用の場もないところに人は定着するだろうか。
 史跡がある、食べ物がおいしいなどという観光だけで若い人は止まらない。魅力あるまち、雇用もそこそこ一定程度あるまちでなければ、少子高齢化の時代、人口はどんどん減って行く。少子高齢化・人口減を最小限に食い止めることはできない。ブレーキがかからなくなり、行く先、お年寄りばかりの「日向ぼっこ社会」になってしまう。
 今のような函館市政で行き、成り行き任せに近い状況だと、それこそ近い将来高齢者が人口の半分も占める「日向ぼっこ社会」にまっしぐらだ。

 あれやこれやの果てが、この「道内最悪・最大の人口減少都市」という今日の事態である。1万5千人余もの人口減少、毎年3千からの人が減っている。世帯数も減少している。地域の市場規模はどんどん縮小し、商売が成り立たない。
 だから、まち中、どこもかしこも空き地だらけ、シャッターに入居者募集の張り紙だらけになり、刻々と日毎に進んでいる。この4年間、爆発的に増えた。

 函館をどうするのか、今日の市政の状況は方向性、施策が完全に狂っているのである。加速した最悪の人口減少はなるべくしてなったといっても過言でない。                         

本誌主幹・河野 玄

(23.2.15)




「西尾市政のこの4年間で赤字穴埋めのために毎年30億円の借金を重ね、
サラ金的な借金を100億円もつくった」との指摘に
西尾市長「自分一人の責任ではない」などと責任転嫁!
〜再選出馬の政策公約発表の記者会見で発言〜
他人・部下のせいにする西尾氏の物事の考え方、体質を改めて露呈

【時評・視点】
 
西尾正範市長(62歳)が今週月曜日(1月31日)に行った再選出馬の政策公約発表の記者会見で、出席した記者の質問に答え、「市長選に出馬する前函館副市長の工藤寿樹氏が、西尾市政のこの4年間で赤字穴埋めのために毎年30億円の借金を重ね、サラ金的な借金を100億円もつくった。緊急的なことを含め新たな行革は何一つやっていない。やっている職員削減などは前市政時代から決まっていることに過ぎない」と再三指摘していることについて、「自分一人の責任ではない。工藤氏にもある」などと責任転嫁する発言をしたことが明らかになった。
 2日に行われた工藤氏の政策発表の記者会見の中における工藤氏への質問で、全国紙の記者もこのことにふれた。

 この西尾市長の発言は、「函館市トップとしての責任」を自覚することなく、他人・部下のせいにする西尾氏の物事の考え方、体質を改めて示したものとして、工藤氏は「とんでもないことだ。行財政改革はトップの意志・決断そのものだ。承知のように今日までを見ても、道であれば知事が決断し、国では時の首相が決断してはじめて実現する。市長としての決意・決断があってはじめて実現できる」などと会見で述べたほか、市議会関係者の間でも「市長としての責任感の無さを改めて示したものだ」「この4年間、不祥事など問題がある度に陳謝・謝罪を繰り返し、トップとしての責任を省みない西尾市長であればこその発言」と今更ながらあきれ果てる受け止め方がされている。

 不祥事・不始末・失態、等々が起きる度に本誌は西尾市長をしてあまりにもガバナンスがないこと、政治姿勢の欠如から「市長失格」を指摘してきたが、今回の赤字穴埋め借金100億円問題に対する西尾市長の「自分一人の責任ではない」発言はこのことを再確認するようなこととなっている。

 言うならば、会社で業績悪化の責任を社長が副社長ら役員、そして部長以下の社員のせいだと責任をなすりつけているのと同じようなもので、こんな社長はトップとして失格もいいところ。世間の笑い物であることは論を待たない。誰もが聞いて呆れる。
 不祥事・不始末・失態が続けば、社長が責任をとって辞任する。

 庁内の幹部、あるいは特別職・部長経験者OBの多くの間ではこれまで、「西尾氏というのは問題が起きれば、その責任を部長や現場・現部に転嫁する。自らの責任を感じることなく、人のせいにする」「謝罪などはその場限りの、その場しのぎにすぎない。何とも思っていない」などの指摘が行われてきている。

 人のせいにすることもあって、部下たちは「バカらしくてやっていられない」となり、これらのこと相まってモチベーションの低下は西尾市政で大増幅し、今日に至っている。
 この意味合いでは、庁内の内実は幹部以下、職員をして気の毒でかわいそうにもあり、「あまり文句を言わない方がためになる。静かにしていた方がいい」などとしている向きの労働組合筋の意向(庁内事情通)相まって、それこそ閉塞感漂うおかしな様相と化している。

 西尾氏はこの4年間の様々なことを反省することなく、再選出馬に臨み、「もう1期やらせてほしい」など言っている状況であり、選挙の結果がどうなるか全く定かではないが、もしも再選となれば、「またこの4年間と同じことが繰り返される。トップとしての自覚欠如の責任押し付け発言はこれを強く暗示したもの」(某議会関係者)との話にもなっている。

(23.2.3)



笑止千万、我田引水!
〜西尾市長のマニフェスト進捗状況発表〜
借金つくってばらまいただけで、肝心のことが何も改善されていない

【解説・視点】
 
 これまさしく笑止千万、我田引水の何ものでもない。
 函館市(企画部)は西尾市政1期目の選挙公約(マニフェスト)の進捗状況を発表したが、西尾氏が掲げた70項目のうち実施済みまたは継続中とした項目は64件とし、未達成は6件などとした。

 この西尾市長のマニフェストなるもの、全体で1割アップさせるなどと実現不可能なことを言い放ち、もともとがさしたるものでないが、達成度とか検証云々、我田引水も甚だしい。

 巨額の借金(赤字穴埋め借金だけでも100億円と指摘されている)つくって、教育・文化など「知恵の予算」などに代表されるように単にばらまいただけで、総じて成り行き任せで自然とそうなっただけだろう。根本は何もよくなっていない。

 全体で1割よくするなどと公約し、これに該当する最たるものは生活保護費(200億円突破)・生活保護者の増大であり、肝心の有効求人倍率や正規雇用者数、そして要の市民所得(この4年間大きく低下)などまったく改善されず、逆に悪化の度を強めている。このことは明白だ。
 西尾市政が誕生してよくなったのは、アウトソーシングの「出来レース」で食い扶持を得た「流れ者」らの西尾グループ利権集団や、発注工事「談合」、あるいは補助金等に群がる一部の業者、等々くらいではないのか。

 出生数・出生率にしても、ちっとも改善していない。

 根本的に考え方がおかしく、ばらまき、根底に人気取り等々、やっていることが稚拙だから改善するはずもない。

 市民の皆さん、「あなたは3年半前、4年前に比べて生活がよくなっていますか」「函館はよくなっていますか」
 根本的に、基本的にどうなのか、よくよく考え、市民の自覚がなければ、いつまで経ってもよくならない。

 西尾氏はこの4年間の検証とか、総括とか、云々と大々的に発表し、一般紙は大きく報道しているようだが、またしても「騙し戦術」を持って「再選戦略」を描いている様子ありありだ。

(22.11.30)